大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)409号 判決 1997年1月31日

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項につき仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金二億〇五九九万一八八五円及びこれに対する平成六年一月二二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行宣言。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1 原告(旧商号・株式会社日本不動産取引情報センター)主張の請求原因は別紙「請求の原因」記載のとおりである。

2 原告の右主張につき、被告は、被告が法律上の原因なくして利得したということのみを否認し、その余の事実経過については明らかに争わないから、右事実経過についてはこれを自白したものとみなす(右事実経過については本件証拠上も容易に認められるところである。ただし、被告は、被告が本件土地建物に担保権を設定したのは、東日本銀行(旧商号・株式会社ときわ相互銀行)及び第一勧業信用組合に対してであって、カンバラ商事株式会社に対する担保権は被告に無断で設定された無効のものである旨主張している。)。

3 なお、弁論の全趣旨からして請求原因三項の別件第一審判決(以下、単に「別件判決」という。)が確定したことも認められる。

二  争点

本件の主たる争点は、被告の長男の訴外甲野一郎(以下「一郎」という。)の経営に係る訴外コウノ寝装株式会社(以下「訴外会社」という。)が被告所有の本件土地建物(別紙物件目録記載の土地建物。ただし、一部は共有持分権である。)等に無効な抵当権(以下「本件抵当権」という。)等を設定して原告から借り受けた二億二〇〇〇万円(以下「本件融資金」という。)をもって、被告所有の本件土地建物に根抵当権等(以下「訴外担保権」という。)を設定して借り受けた請求原因二の2記載の三名の債権者に対する旧貸金債務(以下「本件旧債務」という。)合計二億〇五九九万一八八五円の弁済に充て訴外担保権の被担保債権全額を消滅させたこと(以下「本件弁済」という。)によって被告が訴外担保権の解除を得てその負担を免れたことが、原因の損失によって法律上の原因なくして利得したものといえるかどうかである。

第三  当裁判所の判断

一  前記自白したものとみなされる請求原因事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

1 被告(大正八年一二月一一日生)は、戦前は警察官であったが、昭和二六年から「乙山ふとん店」という屋号で寝具商を始め、その後屋号を「甲野ふとん店」「甲野寝具」と変え、昭和四〇年ころから、長男の一郎(昭和二四年二月九日生)が本格的に被告の仕事を手伝うようになり、昭和四三年に王子信用金庫から本件一土地(同土地上に被告の店舗があったが、次に述べるように昭和五四年に本件一建物に建て替えられた。)に極度額一二〇〇万円の根抵当権を設定して融資を受け、昭和五四年に同地上の店舗をビル(本件一建物)に建て替えるため、極度額を三〇〇〇万円に増額して、甲野花子(被告の妻)、一郎及び甲野春子(一郎の妻)も加えて四名が債務者となって融資を受けた。昭和五八年ころ、被告は右営業を一郎に渡して隠居し、一郎は、昭和六一年に「株式会社甲野リース」という商号で訴外会社を設立して右営業を法人化し、設立の約四か月後に右「リース」という商号の響きを嫌って被告の了解を得た上で現在の商号に変更した。

被告は、訴外会社の設立時からその取締役に就任していたが、右隠居後、訴外会社の仕事も他の仕事も特にせず、隠居の身として妻花子が一郎ないし訴外会社から受ける収入(形式、名目の如何を問わず、事実上被告の妻花子が一郎からもらっていた生活費)によって生活していた。

2 昭和六二年六月、右王子信用金庫からの融資を株式会社ときわ相互銀行(商号変更により現在は「東日本銀行」となっている。以下単に「東日本銀行」ということがある。)に切り替えることとし、そのため、本件一土地及び本件一建物(本件一建物は訴外会社の店舗のほか、一郎家族の居宅として使用されている。)に極度額六五〇〇万円の根抵当権を設定して、同銀行から訴外会社の他に前記四名を加えた五名が債務者となって融資を受け、右信用金庫に対する債務を弁済してその担保権の解除を得た。

昭和六三年ころ訴外会社の業績はピークを迎え、同年紀州鉄道の関係で売上げが増えたので、右関係者間において、右ときわ相互銀行に対する根抵当権の極度額を八七〇〇万円に増額して融資を受け、訴外会社はその融資金を商品買入れのための資金に充てた。なお、右極度額の増額手続につき、被告は一郎に同行して右ときわ相互銀行に赴き、自ら所定の手続をした(被告は、その本人の供述中において「借入れの枠を作った。」だけであるかのように述べ、その趣旨は、枠を作っただけで融資を受けることまでは承知していなかったという趣旨と理解されるが、不自然であり、到底採用できない。)。

また、右に先立ち、訴外会社の設立前の昭和六〇年一二月、被告は、本件二土地につき右ときわ相互銀行に対し債務者を一郎とする極度額二〇〇〇万円の根抵当権を設定し、昭和六一年二月その地上の本件二建物(被告の居宅であるが、それまで表示登記が未了であった。)を右根抵当権の共同担保として追加し、その後同年四月、六月の二度にわたり右極度額を三〇〇〇万円、四〇〇〇万円と増額し、同月、右債務者につき訴外会社も債務者として加える手続をし、同年一一月、右極度額を五〇〇〇万円に更に増額する手続をし、以上につきそれぞれ右に対応する登記が経由された。この手続も右昭和六二年の場合と同様の状況でされたものであり、被告はこの手続についても了解していた。

3 昭和六三年二月二五日、被告は、本件二土地及び土地二建物につき、第一勧業信用組合に対し、訴外会社を債務者とし、極度額を八〇〇〇万円とする根抵当権を設定し、同日その旨の根抵当権設定登記が経由された。同年三月二五日、右土地建物についての前記ときわ相互銀行の根抵当権が解約され、同月二六日その旨の抹消登記が経由され、同年六月二四日、右第一勧業信用組合の根抵当権の極度額が九〇〇〇万円に変更され、同月二五日その旨の変更登記が経由された。訴外会社は右信用組合からの融資金を訴外会社の設備資金に充てたが、以上の手続について被告は一郎と共に行ったもので、右根抵当権の設定変更及び訴外会社の借受けについて承知していた。

4 その後、一郎は、被告に無断で、カンバラ商事株式会社に対し、被告が本件二土地及び本件二建物につき同社に対し債務者を被告とする極度額四五〇〇万円の根抵当権を設定したかのような契約を締結し、右土地建物につきその旨の登記が経由されたが、この手続については被告は全く承知しておらず、右根抵当権の設定は被告との間で無効である。

5 平成元年一〇月ころ、訴外会社の経営が不振となり、訴外会社ないし一郎は前記2ないし4による各融資金の返済や訴外会社の資金繰りに窮するようになったため、一郎は、金融ブローカーである株式会社信用振興センターの社員に対して訴外会社の資金繰りないし新たな融資の導入についての相談をし、その結果、同月三日右社員と共に原告を訪ね、原告に対し、本件土地建物を担保として二億三〇〇〇万円の融資を受けること、本件土地建物の前記先順位の担保権者らに対する債務は原告からの融資金をもって一括返済し、右先順位の担保権の登記は解除し抹消することを申し入れた。

原告は、訴外会社の経理関係書類や本件土地建物などについて調査し査定した結果、同月一八日本件土地建物を担保として訴外会社に対し二億二〇〇〇万円を融資することを決定し、右調査の過程で、被告の妻の花子に対し担保提供についての被告の意思を確認し、また右に関する契約書類に連帯保証人として花子やその他の家族の署名押印を得たが、被告については、被告は寝ているという家族の説明と、原告の訴外会社に対する右融資の主要な目的が被告所有の本件土地建物に設定されている右各担保権(訴外担保権)の被担保債権の弁済に充てること(本件弁済)であって、それによって本件土地建物に対する訴外担保権の実行を免れることができる被告においては当然了解していることと速断し、結局被告本人の意思を直接確認しないまま本件担保権の設定を受けた(そのため、別件判決において、右に係る本件担保権は無効とされたものである。)。そして、原告は、被告、その妻花子、一郎及びその妻春子の四名を連帯保証人として(ただし、本件担保権の場合と同様の理由で被告の右連帯保証は無効である。)、訴外会社に対し、二億二〇〇〇万円の融資(以下「本件融資」という。)をした。

6 本件融資の主要な実行は、原告社員が一郎に同道し、いずれも株式会社日本長期信用銀行の預金小切手をもって、第一勧業信用組合に対して当時の負債全額である八〇三五万二四三八円、東日本銀行に対して当時の負債全額である八〇六三万九四四七円、カンバラ商事株式会社に対して当時の負債全額である四五〇〇万円を弁済するという方法でされたものであり、右弁済により、平成元年一〇月二〇日、前記の各担保権が解除され、これに係る根抵当権設定登記等の抹消登記がそれぞれ経由され、かつ、同日本件担保権につきその設定登記が経由されたものである。なお、本件融資金の残余は、右各担保権に係る抹消登記、設定登記の手続費用等に充てられたほか、訴外会社の資金繰りに充てられた。

7 本件融資の利息は年七・五パーセント、遅延損害金は年一八パーセントで、その返済は、平成元年一二月五日を第一回として二五二万一一四一円を弁済し、以後毎月五日に一七七万二三〇五円宛分割弁済し、最終期限の平成二一年一一月五日に残額を完済するという約定であり、訴外会社の原告に対する返済は、平成元年一二月五日から平成二年一〇月五日までは順調であったが、同年一一月五日分から遅れ始め、結果的に平成三年二月分までの入金で終わった。

8 同年七月三〇日、被告は当庁に別件判決に係る訴訟を提起し、平成四年八月二七日、原告に対し本件担保権に係る各登記(本件土地建物についての抵当権設定登記及び条件付賃借権設定仮登記)の抹消登記手続を命ずる別件判決が言い渡され、原告が控訴したが、平成五年一二月二二日、控訴棄却の判決が言い渡され、その上告期間の徒過により別件判決が確定した。

一方、原告は、平成四年に、本件融資に関して、訴外会社、一郎、甲野花子及び甲野春子の四名に対し、各自二億二四一五万三五三七円及びこれに対する平成三年九月二六日から支払済みまで年一八パーセントの割合による金員の支払を求める訴えを提起し、右四名が請求原因事実を自白したことから、平成五年一〇月八日、右請求を全部認容する判決が言い渡され、同判決につき控訴がなく確定した。

二  以上の事実関係に基づき、原告主張の不当利得返還請求権の成否について判断する。

1 別件判決が確定したことからしても、訴外会社及び一郎は、被告が本件担保権の設定につき承諾していないにもかかわらず、この承諾があるかのように原告を欺いて本件担保権に係る登記を経由して本件融資を受けたものであり、その当時、訴外会社ないし一郎は第一勧業信用組合に対して八〇三五万二四三八円、東日本銀行(前記株式会社ときわ相互銀行)に対して八〇六三万九四四七円、前記被告名義によりカンバラ商事株式会社に対して四五〇〇万円の合計二億〇五九九万一八八五円の債務(本件旧債務)を負担し、その返済及び訴外会社の資金繰りに窮している状況であって、そうであるからこそ訴外会社は原告から本件融資を受けることとしたものである。そして、本件担保権の設定が無効であれば原告が訴外会社に対して本件融資をするはずのないことは、右の関係者全員に明白であったことからして、結局訴外会社及び一郎は原告から二億二〇〇〇万円の本件融資金を騙取し、原告に同額の損害を被らせたものである。

2 もっとも、右騙取に係る本件融資金のうちカンバラ商事株式会社にする四五〇〇万円の弁済に関しては、前記のとおり、そもそものカンバラ商事株式会社に対する債務の負担及び担保権の設定について被告は全く関与していないから、右弁済及びこれに伴うカンバラ商事株式会社の担保権の解除について被告が格別利得をしたとは認められないというべきである。

3 一方、右騙取に係る本件融資金によってされた第一勧業信用組合に対する八〇三五万二四三八円、東日本銀行に対する八〇六三万九四四七円の弁済については、前記認定事実を総合すると、この弁済がなければこれらの債権者に対し有効に設定されていた訴外担保権中の前記一の2、3記載の各担保権が早晩実行されて被告は本件土地建物の所有権を喪失することとなったであろうことからして、右弁済及びこれに伴う右各担保権の解除によって被告が利益を受けた(なお、前記のとおり、東日本銀行に対する債務については、被告自身も連帯債務者となっており、被告はそのことからしても右弁済によって直接的な利益を受けたものである。)ことは明らかというべきである。

そして、右弁済が前記騙取に係る本件融資金をもってされた(前記のとおり、本件融資金における主要な金員交付は、総額二億円以上の本件旧債務とそれぞれの同額の三通の預金小切手を原告担当社員が一郎に同道して右第一勧業信用組合らに交付するという方法でされたものである。)ことからして、本件融資と被告の右利得との間には因果関係があることも明らかである。

4 加えて、前記認定のとおり、訴外会社の前身は被告自身が設立し営業していた事業であり、被告においてこれを長男の一郎に譲って隠居し、その後間もなくして右事業が法人化されたものが訴外会社である。しかも、被告が個人事業として営業していた時代から被告は右事業のため本件土地建物に前記担保権を設定して金融機関から融資を受け、これをもって次第に右事業の規模を拡大し、その間に金融機関を変えてより大きな融資を受けて従前の債務を一括弁済するなどして整理することをしていたものである。

一郎によって訴外会社が設立された後、右事業は昭和六三年ころピークを迎えたものの、右事業の最盛期においても、その主要な担保資産が被告所有の本件土地建物であることは変わらず、かつ、訴外会社の主要な働き手は一郎及びその妻、被告の妻花子という極めて近い範囲の親族に限られていたものであるから、被告を含めて右家族一同の生活は訴外会社から得る報酬ないし給与等によって成り立っている状況にあったといえる。そして、被告は元来自己の事業のため本件土地建物を担保に供していたものであるが、訴外会社設立後においては訴外会社のため本件土地建物を担保提供していたこととなり、いわば訴外会社を通じて支給される生活費の見返りとして右物上保証をしていたことになるところ、前記認定のとおり、本件融資は、訴外会社の事業が不調となり、訴外会社における右物上保証(訴外担保権)に係る被担保債権の返済のための資金繰りが困難となったため、訴外会社ないし一郎において、右事業の存続ひいては被告を含む右家族の生活の確保のために、当面の窮余を免れる一方策として右被担保債権の一括弁済(本件弁済)をするために実行されたものである。

しかるに、本件融資に係る本件担保権の設定が無効とされることからして、被告においては、原告から騙取された本件融資金による本件弁済によって元来被告が甘受すべき右物上保証に係る被担保債権の負担を全部免れることができたのに対し、原告においては、本件担保権が無効であることからして騙取されたことになる本件融資金を、原告から見て費消行為にほかならない本件弁済という使途に充てられてしまい、その返済ないし損害賠償を受け得る目途ないし保証が全くなくなってしまったものである(本件融資を受けた動機が前記のとおり訴外担保権の被担保債権の弁済に窮したためであったことからして、本件担保権が無効であれば本件融資金の回収が著しく困難であることは本件融資当時から明らかであり、その約一年後に本件融資の返済が滞ってそれが顕在化したことは決して予想外の事態ではなかったというべき事柄である。)。

5 以上のような被告と訴外会社及び一郎との間の関係、本件融資の動機、目的及び態様などを総合的に考慮すると、衡平上、前記騙取に係る本件融資金並びにこれによる前記の第一勧業信用組合に対する八〇三五万二四三八円、東日本銀行(株式会社ときわ相互銀行)に対する八〇六三万九四四七円の弁済及びこれに伴う右債権者らを権利者とする訴外担保権の解除につき、たとえ被告が本件融資や右弁済それ自体について何ら関与していない善意の者であったとしても、被告は、右騙取及び本件弁済に伴う原告の損失によって、法律上の原因なくして利得を得たものというべきであって、民法七〇三条に基づきその利得の返還を求める原告の本訴請求は理由があるというべきである。

6 もっとも、被告は右利得につき利益の存する限度において利得を返還すべきものである(被告が民法七〇四条所定の悪意の受益者であるとの主張立証はない。)から、原告が返還すべき金銭価額としては本件口頭弁論終結の時(平成八年一一月二二日)の本件土地建物の時価に限局されるものというべきところ、右時価については、前記認定事実、前掲各証拠、公知の事実及び弁論の全趣旨を総合すると、本件融資当時よりも大幅に下落しているものの、本件口頭弁論終結の時点において少なくとも五〇〇〇万円を下らないものと認められ、他方、これが五〇〇〇万円を超えることについては確たる証拠がないというほかない。

7 以上の次第であるから、原告の不当利得返還請求は、その余の点について判断するまでもなく、右6の五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

三  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤 剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例